IT業界に働く人にとって、スマホやPCは商売道具であり、お友だちだ。

この本『時間術大全』は、そのプラットフォーム上で主役を占めているGmailとYouTubeの開発メンバー、つまりIT業界の頂点にいた2人が「スマホからメールやSNSアプリを削除しなさい」と書いている、なんともインパクトある書物である。

簡単に言うと時間節約術だ。

しかも、「人生が本当に変わる」「今すぐ時間が増える」などの大袈裟な売り文句が満載。そりゃGoogle出身の第一人者ならそんな魔法も使えそうだ…でも、どこにでもありそうな本じゃないか。

ただ、カバーを外してみると、シンプルなタイトル「MAKE TIME」が書いてあるだけなのが印象的。

カバーの過剰な装飾文言は、著者の意図と言うよりも、本を売るためにダイヤモンド社が戦略的にやっていることだ。

これは正しい。

ネットの記事だって「〇〇のインスタ写真にファン騒然」というタイトルにつられて、ついついプッシュ通知に反応してしまうじゃないか。テレビ番組も「このあと衝撃の展開」という文言につられて見続けてしまうではないか。

そうなのだ。

いろいろな事業者が、常に私たちの気を引こうとする。
そして、悪意はないにしても、私たちの時間を、とても魅力的な手段で、それとなく奪う。

1990年代前半くらいまでは、それはテレビくらいのものだった。
自宅に帰って鍵をかけてしまえば、テレビをつけない限り、自分の時間を奪おうと侵入してくるものはなかった。

ところが、今はスマホという、玄関開きっぱなしの入り口を、世界中の事業者に私たちは開放してしまっている。

スマホ上での主導権争いは熾烈だ。アクセスを増やすために、そして忘れ去られてしまわないように、技術者たちはその叡智を使って様々な工夫をする。

意志の弱い人類が抗えるわけはない。

そして、そのITプラットフォームを通じて、知らなければ行かなかった飲み会の連絡や、面倒な作業依頼も悪気なく降ってくる。

これじゃ、自分のための時間があるわけないだろう。

いや、違う違う、1日中仕事で忙しいからスマホのゲームやYouTubeで息抜きも必要でしょ?
そう思うあなたは、読んでみるといい。あなたは、他人や事業者のために自分の時間を捧げることをよしとする「多忙病」に既にかかってしまっているからだ。

著者のひとりでもある、ジェイク・ナップ氏は、2年前にセミナーを受けた、5日間でプロトタイピングとユーザーテストまでを実行する「SPRINT」というチームワークプロセスを考えた人。すでにこの時点で、「SPRINT」の最中には、PCやスマホを禁止する、というくだりが、解説書である『SPRINT 最速仕事術』に書かれていたが、さすがに忙しい精鋭たちを集めてるのだから、デジタルツール遮断なんて実際には無理だろうと思った。それどころか、1時間の会議中にすら「内職」している人だっている。私もした。

ただ、今回の書で、いかにデジタルツールを通じて人生の時間を奪うノイズが侵入してきているかを実感できる。そして、そのノイズにいち早く反応(巡回、いいね、返信など)するタスクが、あなたを消耗させる一因ともなっているのだ。

この本のカバーに書かれたコピーや多くの著名人の推薦文句などの余計なノイズを取り払っても残るもの。それはなんだろうか、と考えさせてくれる。

P.S.

この本では触れていない、日本企業に勤務している人々の時間を最も奪っているものにも気づいた。それは定例会議だ。人はすぐ、部署やプロジェクトごとに定例を入れようとする。
そして課長さんや部長さんのスケジュールは、ほぼすべて週次の定例で埋まってしまう。
しかも課の会議と部の会議で報告されることは、ほぼ同じ。そして、1時間の会議のために、みんながのべ10時間くらい使って資料を作っている。

長距離通勤に意味がないとわかった今、定例会議もいったんやめてみてはいかがでしょう?
スマホからGmailアプリを削除する気になれば、できないことはない。

恵比寿UXデザイン・山田勲Twitter@ebisuux